判例・事例紹介
賃金等請求権の消滅時効に関する最近の動向~未払残業代の時効が延びるかも?~
労働政策審議会労働条件部会で、賃金等請求権の消滅時効の在り方に関する議論が始まっています。現在、賃金の消滅時効期間は2年とされており、それゆえ未払残業代の請求がなされた場合に遡って支払わなければならない期間も原則2年となっていますが、これが延びる可能性があります。
労政審での議論はまだ始まったところですが、企業経営に与える影響は大きく、皆様もご関心のあるところかと思いますので、その現状をご紹介したいと思います。
1 議論の契機
賃金等請求権の消滅時効の在り方が議論されるようになった契機は、来年4月1日から施行される改正民法にあります。
(1)現行法
債権の消滅時効期間につき、【現行民法】は、原則10年としていますが、一定の債権についてはこれよりも短い期間を定めており、その中で、「月又はこれより短い時期によって定めた使用人の給料に係る債権」については1年としています。
しかし、労働者にとって重要な賃金請求権が1年で消滅するというのではさすがに保護に欠けるものの、原則どおり10年となると使用者に酷に過ぎ取引安全に及ぼす影響も少なくないということで、民法の特別法である【労基法】で、賃金(退職手当を除く)、災害補償その他の請求権は2年、退職手当の請求権は5年間、と修正しています。
(2)改正民法
しかし、【改正民法】では、上記「使用人の給料に係る債権」についての例外は廃止され、①債権者が権利を行使することができることを知ったときから5年、又は②権利を行使することができるときから10年、と統一されることになりました。
そうすると、改正民法のもとでは、これまでとは逆に、特別法である労基法の時効期間の方が民法よりも短くなります。そのため、労基法の定めをどうするかが問題となっているのです。
2 検討会における論点の整理
そこで、学者さんから成る「賃金等請求権の消滅時効の在り方に関する検討会」においてまず検討がなされ、「論点の整理」が示されました。ここでは、賃金に関し、
・将来にわたり2年のまま維持する合理性は乏しく、労働者の権利を拡充する方向で一定の見直しが必要ではないかと考えられる。
・しかし、労使の意見に隔たりが大きい現状も踏まえ、具体的な消滅時効期間については速やかに労働政策審議会で検討し、一定の結論を出すべきである、とされました。
なお、これとは反対に、例えば、年次有給休暇に関しては、そもそも年休権が発生した年の中で取得することが想定されている仕組みなので、賃金請求権の消滅時効期間と合わせて現行よりも長くしてしまうと、制度趣旨と合致せず、年次有給休暇の取得率の向上という政策の方向性に逆行するおそれもあることから、「必ずしも賃金請求権と同様の取扱いを行う必要がないとの考え方で概ね意見の一致が見られる」とされています。
3 労政審での議論状況
労政審では、労働者保護に欠けるという観点から、賃金等の消滅時効期間に関しては、民法の適用を排除して2年とした経緯や、倒産や解雇があった際に、労働者側が訴訟等の準備をするのに数か月~半年以上かかる場合もあるという実情等から、民法と同様5年にすべきと主張する労働者側と、以下のような懸念を示す使用者側とで、意見が大きく隔たっている状況です。
(使用者側の懸念)
・賃金等の時効を延長した場合、賃金台帳等の保存期間も延長することになり、それによるコストの増加が企業経営に大きく影響するのではないか。しかも、未払い残業代請求に対応するためには、メールの送受信や入退館記録等、法律で求められている以上のものを残しておかなければ対応できない。
・異動、転勤、退職等により、当時のことを知る人が誰もいないということもあり得る。5年、10年さかのぼって事実を確認するのは現実的でない。
・特に中小企業については、資料の紙ベースでの保管が多く、また流動性が多い職場でもあるので、上記懸念が大きい。
4 コメント
使用者側弁護士として上記使用者側の懸念は非常によく理解できます。しかし、上記検討会で「将来にわたり2年のまま維持する合理性は乏しく、労働者の権利を拡充する方向で一定の見直しが必要ではないか」との意見が示されていることからすると、(5年かどうかはともかく)一定延長される可能性は否定できないように思います。今後の推移が注目されます。
また進展がありましたら、当ホームページにてご紹介したいと思います。